■辻堂古道(四ツ谷辻堂線・鎌倉道)(後編)

トップページ > ハイキング&ウォーキング > 辻堂古道(四ツ谷辻堂線・鎌倉道)(後編) 更新日:2016年09月25日

◆日付・天気

2015年05月06日(水曜日;憲法記念日振替) 天気:晴れ・・・ウォーキング日和でした。

◆コース(所要時間:4時間35分)

【起点】辻堂駅09:40…<前編>…10:55東小和田交差点トイレあり[1]11:15…(15分)…11:30源頼朝落馬地初多良公園[昼食]11:45…(20分)…12:05三ツ叉…(10分)…12:15宝泉寺諏訪神社12:20…(25分)…12:45旧作橋跡…(10分)…12:55八部公園トイレあり電子基準点13:10…(15分)…13:25長久保公園トイレありお弁当ポイント13:40…(15分)…13:55天王社…(5分)…14:00宝珠寺トイレあり…(15分)…14:15辻堂駅【終点】 KML推定経路(KMLファイル)もご利用ください。
【参考】[1] スーパーマーケット・エスパティオにトイレあり。

◆コメント

辻堂の古道を少し調べて(辻堂古道について)歩いてみました。レポートが長くなったので前編と後編に分けて掲載しました。前編は仮称「東海道支線(四ツ谷辻堂線)」。できれば先に前編をご覧ください。前編を見る
後編(本ページ)は「鎌倉道」。江戸時代に大山参拝が一大ブームになり、さらに帰りに江の島や鎌倉にも寄って観光するようになったそうです。辻堂村から鎌倉に向かった道が鎌倉道。「辻堂郷土史研究会」が設置した道標を追いながら歩いてみました。
【添付】ウェブアルバムにも画像があります。Googleフォト

◆アルバム

辻堂駅西口へ 11:15 「東小和田」交差点から辻堂駅西口へ向います。この道が鎌倉道(らしい)。
現在は直線的な道になっていますが、1980年頃の道は細く、少し曲がっていました。(交差点近くの左側に痕跡があります)

道路整備で直線的な道になりましたが、旧道は少し曲がった右の細道です。
跨線橋 左側は広い工場跡地。右側はCORUN。はて?昔は松下電池でしたねぇ。

辻堂駅西口跨線橋。ここから藤沢市。
渡って海側(南)に下りたら、南を向いて左斜め前方の道に進みます。
No.1 「金太郎そば」の先に辻堂郷土史研究会の道標(以下、単に道標)「京、鎌倉往還 1 ↓京都・小和田至/鎌倉↑」。
○印が現在地。●印は目印ポイント。黒色矢印が鎌倉方向、茶色矢印が京方向。
この先は、この道標を追って歩きます。次は・・・
解説板 11:30 「源頼朝公 落馬地」解説板。Googleフォトで拡大図を見る
【要旨】1198年12月27日、相模川の橋供養に臨席した帰途、八的ヶ原というところで落馬して昏睡状態になり、一時回復するも翌年1月13日死亡。享年53歳(満51歳)
頼朝死因のうち最も有名なのが落馬説。でも諸説があって定かではないようです。
初多良公園 お腹が減ったので近くの初多良公園へ。遊具で遊ぶ子供連れの家族が数組。
円柱状の腰掛に座って昼食。スーパーで買ったおにぎりを食べながら、ちょと恥ずかしい。

11:45 継続!
No.2 アパートに道標[2]。「次の交差点に図書館あり」。
No.3 辻堂図書館の先に道標[3]。「この先の交差点は横断注意」。
No.4 押しボタン式信号の横断歩道を渡ると道標[4]。「西ノ道祖神へ」。
No.5 道標[5]は「歴史ある街並み(旧鎌倉街道)」。
付近は普通の住宅地なので、この意味がよく分かりません。
西ノ道祖神 X字路の角に一本松と「西ノ道祖神」。そして・・・
No.6 道標[6]。X字路の右後方は「湘南ホスピタル」。道標に従って左前方(東)へ。
【参考】「湘南ホスピタル」に進むと道標[20]があり、表示は「茅ヶ崎浜竹至・京都↑」です。その先は茅ヶ崎市になるので同会の道標はなくなります。
No.7 初めての時は見落しました。道標[7]。ちょっと上を探して歩いてね。
左の細い上り坂が権現道。直進するとバス通り(県道308号。昭和通り。通称「サーファー通り」)に出ます。

押しボタン式信号で横断して細道に進むと・・・
No.8 ┬字路の角に道標[8]。ちょっと分かりにくいですが「左折(北)後、次の├字路を右(東)」です。
【参考】この付近で道標は迅速測図(明治初期から中期の地図)に表示がない経路を指示しています。伏見稲荷神社や馬頭観音、八幡神社に案内するためのようです。
No.10 道標[9]はありません。撤去された?

白壁の蔵がある┬字路に悩ましい道標[10]。90度に曲げてしまえば分かりやすいのにね。
伏見稲荷神社 「←馬頭観音」に進むと角に「伏見稲荷神社」。午前中に歩いた道です。
歴史を感じる板塀の邸宅に沿って進み・・・
No.11 道標[11]が「西町馬頭観音」。
直進は「大山道」の表示。午前中に歩いた道標「大山道21」から東海道・四ツ谷に接続する経路です。
鎌倉方面へは右(黒矢印)の細道へ。
No.12 道標[12]。近くに「八幡神社(はちまんじんじゃ)」解説板があります。
八幡神社 静かな境内に八幡神社。解説板によると「辻堂諏訪神社の末社のひとつ。西町の八幡様と呼ばれて親しまれてきた。」とのこと。
さらに「境内左側の細い道は旧鎌倉道で、当時は主要の道で、武士が馬に乗って往来したと言われています。」とのこと。
これが正しいとすると、この屈曲した細道が古代東海道?それとは別の脇街道?迅速測図ではこの経路の表示がありません。鎌倉時代の主要道が明治初期までに消滅するでしょうか?
No.13 道標[13]。「鉄板と下瀬火薬(八森稲荷神社内)」とは何でしょ?
鉄板と解説板は八森稲荷神社にありますが、この場所にどんな意味があるの?
No.14 12:05 再び「三ツ叉」。道標[14]
西町公民館 三ツ叉の隣が西町公民館。左奥の建物は西町山車格納庫
八森稲荷神社 その近くに八森稲荷神社。神奈川県神社庁のサイトで検索してもヒットせず不明。
境内には「◆鉄板と下瀬火薬」解説板鉄板。鉄板の厚さは5.5cmぐらい。
辻堂古道 江戸時代に賑わった辻堂村のメーンストリート。大邸宅が並んで古道っぽい。
ついでに「白山神社入口」から神社に寄ってみましょう。細道ですが大丈夫。
白山神社 小さな白山神社(はくさんじんじゃ)。「為新田北条一族戦死群霊塔」の石塔があり、鎌倉幕府滅亡の戦死者を祭っているようです。
さすがに翁に出会うことはありませんでした。(私事です)

社の左側を抜けて奥に行くと・・・
北町公園 遊具やベンチがある「北町公園」。ちょっと隠れ家的な感じ。(もちろん、他にも出入り口はあります。)
山田邸 引き返して古道を先へ。

海老茶色の板塀が山田邸。立派ですこと。
No.15 道標[15]。「次の交差点が四つ角。←宝珠寺・日枝神社/宝泉寺・諏訪神社・第六天・御霊社→」
四つ角 角に黒い家がある交差点が「四つ角」。直進は鎌倉方面、左は東海道方面。
本堂⇔額 12:15 四つ角を右折(南西)すると高野山真言宗・宝泉寺(寶泉寺。ほうせんじ)。額は「常光明真言堂」。
】マウスポインタを画像に重ねると、画像が切り替わります。
この寺につながる道は光明真言道場道(小和田、二ツ谷、引地に入口あり)と呼ばれたそうです。 境内には「常光明真言道」の道標や庚申塔、石塔、六地蔵などがあります。
諏訪神社 その隣が諏訪神社。2000年に建て替えられて新しくなりました。
1159年の創建ということは、鎌倉幕府成立(1185年。以前は1192年)よりは前。
7月の例大祭には東町・西町・南町・北町の人形山車が奉納されて賑わいます。

12:20 引き返して次へ。
社宮神 右手に鳥居。細長い境内奥に社宮神(しゃぐうじん。または田畑神社)。
その一角に・・・
No.16 道標[16]。「次の┤字路で左折すれば阿弥陀堂」の表示。
試しに寄ってみることにしました。
阿弥陀堂 道標も案内板もないので少し不安になります。分岐から160mほど進んだ┤字路の角に・・・

おそらくこれが阿弥陀堂。古い家屋がありますが、どう見ても「お堂」じゃない。されば敷地の一角にあるこのお堂が阿弥陀堂でしょう。中の石仏が阿弥陀如来。右手に何かを持っています。
そばに置かれた首なし地蔵と共に悲し。引き返して古道へ。
No.17 道標[17]八松神社(やまつじんじゃ)。東町町内会館の隣です。
東ノ道祖神 そして道標が立つ角に東ノ道祖神。ひとつは上部が壊れています。

この先、古道は緩やかに上って、緩やかに下ります。
県道30号(湘南新道。箱根駅伝の道)の交差点に出たら・・・
No.18 横断して向かいの細い道に進みます。
【追記】横断したダイハツ角に道標[18]。当日は見落としてしまい、後日、発見しました。(2016年09月)

少し上って小高い一帯が太平台。そして緩やかな下り。
大平台 一直線の道。昭和初期、この付近の引地川を直線化する改修工事が行われました。これと共に一帯を農地整備し、川に直角な直線道を作ったと思われます。

道標[18]は見つからず・・・ 【追記】ありました。失礼しました。(2016年09月)
No.19 12:45 道標[19]は「旧引地川作橋跡」。道標はここまで。
河川改修以前は引地川はこの辺りで大きく蛇行し、大雨のたびに被害が出たそうです。迅速測図を見るとよく分かります。
河川改修と農地整備で両岸に広大な農地が整備されました(昭和21年3月米軍撮影画像)が、現在は多くが宅地になりました。
野球場 進むと現在の引地川。この先は経路が不明。迅速測図を見ると「点線の細道」も使えば江の島道(江戸時代)に接続するようですが、分かりません。
ここまで来たついでに近くの公園へ。引地川の下流にある作橋を渡り・・・

12:55 八部(はっぺ)公園野球場やプール、テニスコートもあります。
何度も来ているのに「やべ」だと思っていました。(恥)
電子基準点 公園の北東角にあるこのポール、何だかわかりますか?
これが電子基準点。GPS衛星の電波を受信して位置を観測しています。

13:10 もうひとつの公園にも行ってみよう!

上流の太平橋を渡って右岸へ。さらに上流に向かい・・・
芝生広場 13:25 長久保公園。南門から入ってベンチでお菓子をパクパク。
広場では子供連れのファミリーがボール遊びやフリスビー。春は桜がきれいです。

13:40 西門から出て辻堂駅へ。もう少し歩くよ!ラジャ!
【参考】県道30号を横断して右に行くと藤沢SST前BSがあり、藤沢駅北口行きがあります。辻堂駅方面は土休日午後は辻堂団地BSで乗換えです。
鳥居 道順を省略しますが・・・

宝珠寺に向かう途中、左手に鳥居。石垣の石がゴロゴロ置かれて、はて?
参道を上っていくと・・・
天王社 13:55 二の鳥居の先が天王社(天王山)。石碑があります。
辻堂市民センターの解説板があり、「宝珠寺の傘下にありましたが、明治6年(1873年)神仏分離政策によって別れました。」とのこと。
宝珠寺はすぐ近くなので寄ってみましょう。
宝珠寺本堂 14:00 北の寺と呼ばれる高野山真言宗・宝珠寺(寶珠寺。ほうしゅうじ。「ほうしゅじ」は間違い)。かつては四つ角を中心に南の寺・宝泉寺の対角にあったそうです。
境内には庚申塔がたくさんあります。そのひとつに三猿(さんえん)の庚申供養塔(1666年)があり、「藤沢市指定重要文化財」です。
テラスモール湘南 細い道を道なりに西に進むと再びNTT局に着きます。
NTT局の先の交差点を右に行き、商店街を歩くと・・・そう、これは午前中に歩いた道。

14:15 辻堂駅。コンコースの北口から見たテラスモール湘南
スーパーで晩御飯の食材を買って帰ろうね。お疲れさまでした。

◆メモ

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