■辻堂古道(光明真言道場道)(前編)

トップページ > ハイキング&ウォーキング > 辻堂古道(光明真言道場道)(前編) 更新日:2015年05月13日

◆日付・天気

2015年04月18日(土曜日) 天気:晴れ・・・ウォーキング日和でした。

◆コース(所要時間:5時間25分)

【起点】室田小学校入口BS08:55…(5分)…09:00松林公民館トイレあり09:05…(10分)…09:15長福寺…(15分)…09:30八王子神社…(10分)…09:40熊野神社トイレあり09:50…(10分)…10:00上正寺トイレあり10:05…(25分)…10:30西ノ道祖神…(10分)…10:40三ツ叉白山神社11:10…(5分)…11:15宝泉寺諏訪神社11:20…<後編>…14:20辻堂駅【終点】 KML推定経路(KMLファイル)もご利用ください。

◆コメント

かつての辻堂村の中心部から何本かの古道が分岐しています。これらの道について少し調べてみました(辻堂古道について)。でも、一日ですべてを歩くことは困難です。今回は「光明真言道場道(常光明真言道)」編です。
江戸時代、庶民が大山を参拝したあとに江の島にも参拝するのがブームとなり、一大娯楽であったそうです。江の島に向かう場合は辻堂の宝泉寺(光明真言道場)につながる道が使われたそうです。入口は小和田、二ツ谷、引地があったようで、推定した3つの経路を歩いてみました。
レポートが長くなったので、前編と後編に分けて掲載しました。前編(本ページ)は推定小和田線。続きは後編(引地線・二ツ谷線)をご覧ください。
【添付】ウェブアルバムにも画像があります。Googleフォト

◆アルバム

【移動】辻堂駅西口BS08:41==(神奈中バス:200円)==08:51室田小学校入口BS
辻堂駅西口は小さな改札口ですが、澄んだ日には富士山が見えます。隠れた富士山展望スポット。
【参考】辻堂駅西口BSはちょっと分かりにくいかも知れません。辻堂駅西口を出て跨線橋を渡って手前の階段(奥ではない)を下り、道なりに北西に150mぐらい先です。標識柱が小さいので遠目で気付きにくいです。便は1〜2本/1時間。
道祖神 バスを降り、GPSロガーをオン。捕捉したら記録を開始して・・・

08:55 出発!

バス停の向かい角に道祖神
八王子神社 角の細道に入ると左に石段があり、上ると八王子神社
4、5人の子供たちが遊んでいました。どうやら探検中のようです。ふふ。

本殿の右後方から出て公民館に向かいます。道標はないので迷わないでね。
松林公民館 09:00 松林(しょうりん)公民館
推定経路を印刷した地図を見ながら、本日のコースを再確認。

09:05 Go !
すぐに大山道(大山街道とも。現県道44号)に出るので右(東。四ツ谷不動方向)へ。
役場跡 松林村役場跡」石碑。「明治中期に近隣7村が合併して松林村となってこの地に役場が置かれた。明治後期にはさらに3村が合併して茅ヶ崎町(現茅ヶ崎市)となった。」とのこと。

次の├字路(左が白壁の変形K字路)で大山道を分けます。
南東に向かうと畑地のち住宅地になり・・・
長福寺 松林小学校で┬字路。小学校がなかった昔は直進できたでしょうが、できないので右へ。

09:15 すぐに長福寺
正門 小学校を巻いて進むと正門
ちょっと変形した交差点で、緩やかな上り坂になる正面(東)に進むべきを間違って右へ。
実は自転車で下見をした時も、同じくここで間違えました。まさか地磁気の乱れ・歪みがあるの?私の磁覚を狂わすものは何?

間違いに気づいて引き返し・・・
八王子神社 09:30 本日2社目の八王子神社
振り返ると西に富士山、北西に大山。でも、この日は薄っすら。

境内にはちょっとした遊具があり、幼子を連れた家族が数組。
タブノキ 目を引くのは大きな2本のタブノキ。立派ですこと!
くねる 八王子神社付近は道が少し曲がりくねっています。古道っぽいね。
歴史的農業環境閲覧システムの迅速測図を見ると小さな集落が描かれています。

やがて道は南向きになり、道標がないので分かりにくいですが、左折してウィンディ湘南(寮)を巻きます(寮の向かいは小和田地区コミュニティーセンター)。
熊野神社 09:40 赤い鐘楼が目印の熊野神社。(写真は正面参道から。振り返って撮影)
道祖神 境内左に2基の道祖神。そして・・・
庚申塔 右に5基の庚申塔。道路整備、宅地整備などでここに移設されたのでしょう。
鎮守 小和田村鎮守の神様、拝殿

09:50 継続。東海道(国道1号)に向かいます。
広徳寺 東海道の手前に広徳寺(トイレあり)。
こちらは東門。ここから入って正面参道から国道1号に出ることができます。

国道1号の[小和田]交差点は交点がずれた変形交差点(┬┴)です。横断して・・・
千手院 09:55 千手院(せんじゅいん)。ピッカピカなのは2011年に本堂を再建したから。
東海道分間絵図(小和田村・南湖村)に「セんじゐん」と書かれています。

東海道を江戸(北東)に向います。
上正寺 10:00 上正寺(じょうしょうじ)山門。脇に立ち、目深に笠を被り、ピクリとも動かないのは親鸞聖人らしい。
入ると鐘楼と旧上野寛永寺石燈籠。「石燈籠と聖徳太子立像」の解説板があります。太子の写真が子供っぽいのは2歳だから。
本殿 もともとの寺号は「無上正覚寺」だったそうですが、のちに略してこの名になったとのこと。(なして中2文字にする?)
ちなみに東海道分間絵図で「浄生寺」と読めるのは絵図の誤記かも?

10:05 継続。上正寺前の信号で東海道を横断して、そのまま道なりに南に向かい・・・
踏切 東海道本線の浜竹踏切を渡って直進し、住宅地へ。次の┼字路を左、さらにすぐ先のY字路も左。たぶん迷います。ふふ。
間違うとオートバックスに出て、引き返そうとすると迷子になるでしょう。(オイ!)

正しく歩くと小さな豆腐屋があります。その先の浜竹通りを横断して浜竹3丁目を道なりに進みます。
湘南ホスピタル⇔道標 ピンク色の湘南ホスピタルが見えてきて、いつの間にか茅ヶ崎市から藤沢市。
湘南ホスピタルには「辻堂郷土史研究会」の「京、鎌倉往還20 ↑鎌倉・西町道祖神/京都・茅ヶ崎浜竹至↓」道標(以降、単に道標)があります。
】マウスポインタを画像に重ねると、画像が切り替わります。
】この経路は鎌倉道でしょうか、それとも光明真言道場道なのでしょうか?どっちでもいいのでしょうか?あるいはどっちでもないのでしょうか?
西ノ道祖神 道標に従って道なりに進み・・・

10:30 X字路の角に「西ノ道祖神」。
道祖神 一本松の根元に道祖神と辻堂市民センターの「西ノ道祖神」標柱。
左側に道標[6]があり、来し方は「湘南ホスピタル」、左後方は「図書館」の表示があります。

左前方に直進し、バス通り(県道308号。昭和通り。通称サーファー通り)を横断します。
三ツ叉へ 横断したらこんな感じの細道。┬字路の角に道標[8]があります。道標は左を指しますが、(南)
【参考】今回は推定・光明真言道場道に絞ったので、道標通りには歩いていません。道標コースはまた別の機会に。
この辺りは道が細く、曲がりくねり、さらに分岐するので分かりにくいです。でも、それが古道っぽい。
八森稲荷神社 道なりに進んで┬字路を左(東)に向かうと・・・

八森稲荷神社。神奈川県神社庁のサイトで検索してもヒットせず不明。
鉄板 境内には「◆鉄板と下瀬火薬」解説板鉄板。鉄板の厚さは5.5cmぐらい。
【解説板要約】明治21年(1888年)にドイツから持ち帰った新火薬を大砲で試射して成功した。試射に使った標的や砲台の鉄板のひとつ。鉄板は英国製と思われる。辻堂西町町内会
三ツ叉 10:40 八森稲荷神社の東の三叉路が「三ツ叉」。西町公民館の脇に道標[14]解説板があります。
【解説板】「三ツ叉」元禄13年(1691年)検地の44小字(こあざ)の中に三ツ叉がありました。古道(鎌倉道と光明真言道場道)がここから三本に分かれていたのが理由です。辻堂市民センター
現在も明治の迅速測図も「この地点」は三叉路なので、正しくは二又ですが、「この付近」と解釈するのでしょう。
大きな家 この辺りからいかにも旧街道っぽい感じの道ですが・・・

その前に白山神社へ。「白山神社入口」石柱道標で細道に入ります。「ここでいいの?」と不安になりますが、大丈夫。
白山神社 小さな白山神社(はくさんじんじゃ)。「為新田北条一族戦死群霊塔」の石塔があり、鎌倉幕府滅亡の戦死者を祭っているようです。後方に続く細道の先は北町公園
ここでひとりのと出会いました。翁「歴史探索がお好きなのですか?」、私「いえ、たまたま辻堂の古道を訪ね歩いているだけです。」から会話が始まりました。●白山神社周辺の今昔。●八森稲荷神社にある鉄板の話は間違い。●詳しい人は郷土史は大石氏、今昔は山田氏、小和田なら三觜氏。●戦前の海軍辻堂演習場と農家。などなど。驚きの博識!
あっと言う間の30分。ありがとうございました。
山田家⇔道標 11:10 古道に引き返して継続。

大きな邸宅が並ぶ道を行き、海老茶色の板塀が山田邸。道標[15]
】マウスポインタを画像に重ねると、画像が切り替わります。
四つ角 角に黒い家がある交差点が「四つ角」。直進は鎌倉方面、左は東海道方面。
宝泉寺 11:15 四つ角を右折(南西)すると高野山真言宗・宝泉寺(寶泉寺。ほうせんじ)。
光明真言道場と呼ばれ(あるいは俗に南の寺)、道にこの名が付いたようです。
そして四つ角(辻)の近くにこの寺(お堂)があるので、この地を辻堂と言うようになったとのこと。
道標(前)⇔道標(後) 境内には多くの石塔仏像があります。写真の左端は道標で「寛保二壬(1742年)戌 天 辻堂村 海龍山堂場 常光明真言道」、右面に「従是南江入本堂マテ八丁」と刻まれています。
この後方に傷んで数年後には読めなくなりそうな「常光明真」道標もあり、東海道二ツ谷の道標と石質が似ています。
】マウスポインタを画像に重ねると、画像が切り替わります。
諏訪神社 宝泉寺の隣が諏訪神社。2000年に建て替えられて新しくなりました。
1159年の創建といわれ(ちなみに調べたら源頼朝は1147年生まれ。頼朝の方が先輩)、辻堂の総鎮守とのこと。

前編はここまで。引き続き後編(引地線、二ツ谷線)をご覧ください。

◆メモ

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